2016年01月17日
慰安婦は性奴隷だったと嘘を書くタイムス社説
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慰安婦は性奴隷だったと嘘を書くタイムス社説
沖縄タイムスが慰安婦は性奴隷であったという社説を発表した。新聞社であれば慰安婦に関する情報はほとんど把握しているだろう。慰安婦が売春婦であった証拠は五万とあるが、性奴隷であったという証拠は自称慰安婦たちの発言だけであり、事実を示す証拠はない。事実を大切にする新聞社であるならば、慰安婦は職業として国が保証した売春婦であったと発表するのが当然である。しかし、沖縄タイムスは事実を無視して慰安婦は性奴隷だったというのである。小塙タイムスの嘘を暴く。
「慰安婦は職業」発言]足元から日韓合意崩す(沖縄タイムス 1月16日(土)5時30分配信 )
自民党の桜田義孝元文部科学副大臣が14日、党本部で開かれた会議で「従軍慰安婦」について、「職業としての売春婦だった。それを犠牲者だったかのようにしている宣伝工作に惑わされすぎだ」と発言した。
慰安婦問題で日韓両政府が「最終的かつ不可逆的な解決」で合意して3週間もたたないというのに、合意を覆すような暴言だ。元慰安婦を傷つける発言は、撤回したからといって見過ごすわけにはいかない。
桜田氏は売春防止法が戦後に施行されるまで売春は仕事だったとした上で「売春婦だったということを遠慮して(言わないから)、間違ったことが日本や韓国でも広まっているのではないか」と語った。
桜田氏は文部科学副大臣を務めていた2014年、河野談話見直しに賛同する考えを示し、韓国政府から厳しく非難された過去を持つ。
旧日本軍の関与と強制性を認めた河野談話は歴代内閣が継承するものだ。安倍晋三首相は戦後70年談話で「深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも忘れてはならない」との言葉で慰安婦に触れた。昨年末の日韓合意は、日本が軍の関与と政府責任を認め、「おわびと反省」を表明する内容だった。
桜田氏の発言は、この日本政府の見解や合意のすべてに反している。
歴史的とされた日韓合意で日本側が重要視したのは「最終的かつ不可逆的な解決」である。これで終わりにしたいと強調したわけだが、蒸し返しているのはどっちなのか。
国会議員失格だ。
■ ■
慰安婦問題を否定する人たちはよく「当時は公娼制度があった。女性たちは高収入を得て、ぜいたくな暮らしをしていた」と口にする。桜田氏の主張もこれに似ている。
しかし慰安婦にさせられた外国の女性の多くは公娼制度とは何の関係もない。河野談話にあるように「募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」のだ。
慰安婦問題に詳しい大沼保昭・明治大学法学部特任教授は自著「『歴史認識』とは何か」(中公新書)で、「強制はなかったとか慰安婦が公娼だったと言い募ることは、ほぼ実証されている学問的成果を真っ向から否定することになる」と指摘する。
慰安所が軍の施設として設置されたことを示す公文書も見つかっており、韓国の元慰安婦が植民地支配の犠牲者だったことは疑いようがない。
■ ■
韓国では元慰安婦支援団体などが合意は無効として反発を強めている。この時期に安倍政権の足元から事実をねじ曲げる発言があったのでは、韓国側の理解も遠のく。
日韓合意は、その実、非常に壊れやすい、ぎりぎりの中身だ。「不可逆的な解決」を揺るがす政治家には厳しい対応で臨まなければ、合意は空洞化する。重視すべきは当事者の気持ちだ。
安倍首相本人か名代が出向いて元慰安婦の女性たちに直接謝罪するなど、政府として誠意を示していく必要がある。「沖縄タイムス」
「募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」は嘘である。
移送・安全管理は日本軍やっていた。生活・経済管理は民間の楼主
映画「春婦傳」でトラックに乗っている慰安婦たちを描いている。
トラックの中、三人の慰安婦と楼主、そして二人の日本兵が乗っている。右端に帽子を被っている男は慰安所を経営している男で楼主である。彼は兵士ではなく民間人である。
なぜ、トラックに民間人である慰安婦と楼主が乗っているかということについての説明は映画ではしない。説明がないのは慰安婦が日本軍のトラックに乗るのは普通のことであり、説明する必要がなかったからだ。
彼女たちの安全を守り、目的地まで送り届けるのが日本軍の輸送隊の役目であった。
彼女たちは売春婦であるが性奴隷ではない。三人の慰安婦は自分の意思で天津から新しい地へ向かっているのは楼主との会話から分かる。
慰安婦1=旦那、いつ着くんです。
楼主=ああ。
慰安婦1=なんだか心細くなってきたよ。いくらシナは広いったって、天津を出てから真黄色の原っぱばっかしじゃないか。
楼主と慰安婦三人を日本軍のトラックが運んでいる。中国大陸は敵地である。慰安婦を安全に運ぶために日本軍のトラックを利用するのは当然である。
前を走っているトラック運転手の会話からも三人の女性が売春を商売としていることが分かる。決して彼女たちは性奴隷ではない。
兵1=おうい。いつから商売は始まるんだ。
兵2=今夜からだってよお。・・・もらって俺が一番最初に突っ込むんだ。
兵1=ちきしょう。
兵2=話はちゃんとついている。
兵1=(後続のトラックに乗っている慰安婦に向かって)おうい。俺とどうだい。
兵2=駄目だ。俺の後だ。
兵1=なんでもいいや。よろしく頼むぞ。
兵1、2笑う。
慰安婦2=野蛮だねえ。がつがつしている。
慰安婦1=女に飢えているんだよ。天津に居るようなわけにはいかないさ。
慰安婦2=ねえ、女の子はみんなで何人いるの。
楼主=お前たち三人が来てくれて俺の所が七人。木村屋が六人。合わせて十三人だな。
楼主とは遊郭で七、八人前後の売春婦をかこって経営している人間のことである。大陸でも楼主が慰安婦を管理していた。
楼主の説明でわかるように楼主は七、八名近くの売春婦を管理・経営している人間である。慰安婦の住まい、食事などの面倒と健康を管理していた。慰安婦の給料や借金の管理も楼主がやっていた。慰安婦と楼主は売り上げ収入を折半するのが普通のやり方であった。
楼主と慰安婦の会話から分かるように、慰安婦を直接管理していたのは日本軍ではなかった。楼主であった。このシステムは本土の吉原と同じである。憲兵が慰安婦の安全を管理していた。本土の警察の代わりである。彼女たちの健康は軍医が管理していた。
同じトラックに乗っている兵士が楼主と慰安婦の会話を聞いて、
兵3=十三人で一大隊を引き受けるんだから大したもんだ。あはははは。
慰安婦は兵士にそっぽを向く。
韓国の自称元慰安婦たちは警察や日本軍に捕らえられてトラックで強制連行されたと言っている。しかし、日本軍は仕事を分業化していて、慰安婦を集めるのは民間の斡旋業者に委託していた。日本軍はトラック隊が彼女たちを移送するだけであり、慰安婦の募集にタッチしていなかったし、慰安所の運営も民間の楼主がやっていた。
日本軍が韓国の女性を強制的に集めても、トラック隊に所属していなかったら女性を移送するトラックはなかった。トラック隊が女性を集めて連行するのは可能であるが、トラック隊は日本軍から指示された人や物資を運ぶだけであるから女性を強制連行することはできなかった。
日本軍は分業が徹底されていた。例えば慰安婦を集めた業者は書類を作成してトラック隊に渡し、書類を受け取ったトラック隊はそれぞれの目的地まで慰安婦を運んだ。そして、種類を憲兵隊に渡した。
敵のいる広い大陸を民間だけで移動するのは危険である。安全に移動するには日本軍のトラックが必要だった。そのことを映画でも如実に描いている。
映画ではトラックを狙った爆弾が爆発する。敵に襲われる。激しい銃撃戦となり数名の兵士が倒れる。そこへ日本軍がやってきて襲撃集団を追い払う。
満州の前線ではトラック隊が襲われたことが何度もあったから映画でも描いたのである。この場面を見れば、慰安婦を日本軍のトラックで運ぶのは当然であることが分かる。満州では慰安婦だけでなく軍に関係のある民間人は日本軍が運んでいた。当然のことである。
敵の襲撃に衝撃を受けた慰安婦の一人は天津に帰ろうという。恋人に裏切られて自暴自棄になっている晴美(野川由美子)はむしろこの地で働くのを喜ぶ。慰安婦の会話から分かることは慰安婦は強制ではなく自由であることが分かる。
○日本軍は慰安婦の安全を守るためにトラック部隊で運んでいたのであって、強制連行ではなかった。
募集・収入保障は日本軍が民間経営者に守らせた
韓国での慰安募集広告である。
年齢は十七歳以上、十八歳以上を明記している。慰安婦募集は公募であり、年齢明記は日本軍の指示によるものである。慰安婦は十七歳以上でなければならなかった証拠である。
慰安所の例
フィリピン駐屯軍の事例は別掲表の通りである。(『従軍慰安婦資料集』韓国・書文堂)
日曜日・連帯本部、連帯直轄部隊
月曜日・第一大隊、第四野戦病院
火曜日 休日
水曜日・連帯本部、連帯直轄部隊、第三大隊
木曜日・第一大隊(ただし午前中は健康診断後にする)
金曜日・第二大隊、第四野戦病院
土曜日・第三大隊
フィリピン駐屯軍・南地区師営内特殊慰安所利用規則
兵士
(朝鮮人・日本人) (中国人)
三十分 一円五十銭 一円
一時間 二円 一円五十銭
下士官
(朝鮮人・日本人) (中国人)
三十分 一円五十銭 一円
一時間 二円五十銭 二円
将校及び准士官
(朝鮮人・日本人) (中国人)
一時間 三円 二円五十銭
徹夜利用(二十四時から)十円 七円
徹夜利用(二十二時から)十五円 十円
利用時間
兵士 十時から十六時まで
下士官 十六時十分から十八時四十分まで
将校・准士官 十八時五十分以降
備考
軍属はそれぞれの位によって所定料金を払う。
利用客は上記料金を超過する金額を慰安所経営者または慰安婦に支払ってはならない。
○料金が明記されている。日本兵はちゃんとお金を払っていたということである。慰安婦は売春婦であって性奴隷ではなかった証拠が料金表である。
○フィリピン駐屯軍の慰安婦は日本人、朝鮮人、中国人の三民族にまたがっている。料金は日本人と韓国人は同じだが、中国人は安い、それは差別というより人気の差であり、安くすることで客の調整をしたのだろう。
○兵士、下士官、将校及び准士官と位によって時刻や時間、料金を細かく分けていたのが慰安所であった。このように細かい配慮をしていたのが日本軍である。
どうして、日本軍が慰安婦を性奴隷にしていたと言えるだろうか。
慰安婦が性奴隷ではなく売春婦であった事実はネットで簡単に調べることができる。沖縄タイムスがこの事実を知らないはずはない。沖縄タイムスは嘘をついているのである。
沖縄タイムスが慰安婦は売春婦であった証拠を過去に発表した。
沖縄タイムスは2014年5月に「旧軍文書に『慰安所』」という題名の記事を掲載している。見出しは「宮古での存在裏付け」「軍法判決書類林教授ら入手 軍の食料売り通う」である。
被告人の衛生兵は宮古島陸軍病院で炊事喜納勤務に従事。45年8月中旬には軍から馬肉訳40キロを預かって病院へ戻る途中、民家で2斤(訳1・2キロ)を20円で売却し、慰安所へ行った―などと複数回の犯行が記されている。
資料は厚労省所蔵の、1945年11月20日の軍法会議判決を記した書類で、提出した第28師団司令部と受け取った法務局の印が押された公文書だから信頼性は非常に高い。「20円で売却し、慰安所へ行った」という記録は、慰安婦(宮古島の慰安婦はみんな朝鮮の女性)は売春婦であったという動かぬ証拠である。
「空腹の弟たちのため」2度売られ…
朝鮮日報は一方で、元慰安婦の女性たちが暮らしている施設でインタビューした結果として、女性らの当時の境遇をまとめている。
女性らが訴える境遇は悲惨で、深い同情を禁じ得ないものだが、中にはこんな証言もある。
平壌出身で91歳になるキム・スンオクさんという女性は「暮らし向きが苦しく、7歳から他人の家で生活していると、空腹の弟たちの生活の一助にと父親の勧めで、妓生(キーセン)として売られた」と述べている。
キムさんはもう一度、家に帰りたいと思う一心で、金を稼ぎ借金を完済。家に戻ったが、父親は再びキムさんを売り、中国・黒竜江省の「石門子」という慰安所に行くことになった。
約5年間、慰安婦として働かされた-。キムさんは同紙にこう述べている。
赤貧ゆえに2度にわたって父親に売られたという事実には、だれもが同情を禁じ得ないだろうが、きっかけは「父親が娘を売った」という事実である。キムさんが売られたのは民間の業者であった可能性が高い。
朝鮮日報のインタビューでは他にも、「工場で働けば、お金を稼げると聞いたが、慰安婦の募集だった」という女性の話や、「家が苦しく学校に行けず、1940年に、お金も稼げて勉強もさせてもらえるという誘い話に乗って蔚山(ウルサン)の旅館で働き、42年に朝鮮人1人と日本人1人に中国の延吉に連れていかれ、3年間、慰安婦として過ごした」という女性などの話が出てくる。
当時の韓国では、朝鮮出身者が女性を連れ去った事件(1939年8月31日付の東亜日報)や、朝鮮半島出身者による少女買春事件(33年6月30日付同紙)などが多発していた一方、日本の治安機関が連れ去られた女性らを救出したという出来事(39年3月15日付同紙)があった。
慰安婦が売春婦であった記録はたくさんある。日本軍は規律が厳しく、「娼妓取締り規則」という公証制度に則って慰安婦を扱った。それが真実である。
真実を書かない沖縄タイムスである。
2016/01/08 に公開
平成28年1月7日木曜日に放送された『沖縄の声』。翁長知事が米軍普天間飛行場名護市辺野古への移設に伴う公有水面埋め立て承認を取り消したことにより、普天間飛行場が固定化され宜野湾市民の生存権が脅かされるとし、沖縄県と翁長知事に対して宜野湾市民が起こした住民訴訟。その訴訟を支援するといった宜野湾市民の署名がわずか一ヶ月半で15000人を超えた。本日は、宜野湾市民の住民訴訟の第一回口頭弁論後の記者会見の様子をご覧いただくとともに、又吉康隆が翁長県政に対して苦言を呈します。
※ネット生放送配信:平成28年月1月7日、19:00~
出演:
又吉 康隆(沖縄支局担当キャスター)