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2018年08月26日

左翼県政与党の必死の猿芝居に騙された玉城デニー



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左翼県政与党の必死の猿芝居に騙された玉城デニー
共産・社民・社大の左翼県政与党は9月30の県知事選に勝てる候補者を探していたが、城間那覇市長と呉屋金秀会長は知事選出馬することを辞退した。
残ったのは富川盛武副知事、謝花副知事、稲嶺進前名護市長であったが、稲嶺氏は名護市長選で大敗した。知事選の候補者として相応しくない。
富川、謝花氏は副知事あるし立候補にふさわしい存在ではあるが二人は知名度が低く、しかも左翼である。
 知事選に勝つための最低条件は保守の支持を集めることができる候補者でなければならない。左翼系の候補者を出馬させるわけにはいかない。二人の副知事も立候補としては失格であった。
 知事立候補にふさわしいのが呉屋金秀会長であったが彼は立候補を辞退している。
 有能な立候補者が居ないのが左翼県政与党を悩ませた。
 左翼政党には1990年(平成2年)に太田昌秀琉大教授を当選させたほどの政治力が今はない。保守との共闘なしには知事選で勝利することはできない。そのことを左翼政党自身が認識している。県政左翼政党は翁長知事が膵臓を全摘出した時に次の知事選に出馬するのは困難である思ったはずである。であるならば翁長知事に代わって出馬する候補者を準備するべきであったにも拘わらずやらなかった。それはやらなかったのではなくできなかったのである。このことを2018年08月17日のブログに掲載した。
県政与党が翁長知事死去まで後継者づくりをしなかった本当の原因
 翁長雄志知事の突然の死去により、任期満了による県知事選(11月18日投開票)が前倒しされることとなった。公職選挙法の規定により遅くとも9月末までには知事選が実施される見通しで、翁長氏の2期目擁立を決めていた県政与党は急ピッチで人選作業を進める。
          琉球新報
県政与党が翁長知事が死去するまで県知事選には翁長知事を出す積もりでいたのには呆れてしまった。考えられないことである。

 私の6月24日のブログには
「平和宣言をしている翁長知事の写真を見るととても痩せているが、内からみなぎってくる力強さを感じる」
と書いた。映像を見るまでもなく写真だけでも翁長知事の気力のすごさを感じた。生気はなく気力だけの翁長知事に見えた。
 7月24日のブログでは、
「膵臓全摘出した人のブログを見るまではインスリンを1日6回注射すれば普通の健康体になれると思っていたが、私の考えは間違っていた。インスリンを注射するだけでは普通の健康体にはなれない。翁長知事が知事の仕事をこなすことはできない」
と翁長知事が知事を続けることは困難であることを書いた。
8月1日のチャンネル桜でも膵臓を全摘出した翁長知事が知事を続けることは不可能であることを指摘した。テルさんはすぐに翁長知事を休養させるべきだと話していた。それから一週間後に翁長知事は死去した。

翁長知事の死去後に驚いたのは県政与党が翁長知事の後継についての協議をしていなかったことである。膵臓を全摘出した人間が知事の仕事をこなすのは無理である。翁長知事が11月の県知事選に出馬する意思があったとしても、翁長知事が出馬できなくなることを想定して翁長知事の代わりを誰にするか協議をするのが当然である。
ところが県政与党は協議をしていなかった。そのことを知った時、徹底して翁長知事をこき使うことしか考えていない県政与党と思ったが、県政与党が小さな政党の寄り合い所帯だから協議をしていなかったことに気がついた。

県政与党は共産党、社民党、社大党、結と会派おきなわの集まりである。県政与党ではあるがそれぞれの政党は別々のイデオロギーを持つ政党である。与党ではあっても政治姿勢が全く同じ政党ではないのだから協力し合う仲のいい与党であり続けることはできない。
それに翁長知事は県政与党の主力である共産党、社民党、社大党と対立していた自民党のリーダーであった。  
4年前の県知事選の時、三党が協議して翁長知事を立候補にしたわけではない。翁長知事のほうから共闘を申し込んできたので三党で立候補させようとしていた琉大教授を止めて翁長知事の共闘要請を受け入れた。三党にとって「他人」を県知事候補にしたのである。三党にとって初めてのことであった。
翁長知事が膵臓を全摘出しても「他人」である翁長知事であるから、症状のことを心配し専門医に詳しく訊いた三党の政治家は居なかったかも知れない。
翁長知事の症状について気になり、それぞれの政党内では話し合ったかも知れないが他党の議員とは話すことはなかっただろう。

11月の知事選に向けて県政与党の、共産党、社民・社大・結・労組団体が会議を開いたのは8月1日である。政党に労組団体まで加わっているのが知事選対策会議であった。新議長には照屋大河県議が選ばれた。彼は社民党である。
4政党だけでなく労組も加わった会議であるから翁長知事の症状を心配し、翁長知事の代わりの候補者を出すか否かの協議を展開するのは困難であっただろう。

県政左翼与党が一つの政党であったら、翁長知事の症状を正確に調べ、翁長知事が11月の知事選に出馬することはできないと判断して翁長知事の代わりの立候補を選出していたはずである。しかし、県政左翼与党は少数政党の寄り合い所帯であり、しかも翁長知事は左翼ではなくて「他人」の保守である、「他人」である保守の代わりの保守を探すのは県政左翼与党には無理であった。だから翁長知事の代わりの人選を死去するまでやらなかったのである。やらなかったというよりできなかったという方が適切かもしれない。

県政左翼与党は思想が同じのまとまりのある政党の集まりではない。思想の違うバラバラな政党の集まりである。政権左翼与党になるために集まっている少数政党に過ぎない。

翁長知事が死去するまで翁長知事に代わる候補者探しの協議をしなかったのは膵臓全摘出した翁長知事の症状の重さを危惧しなかったのが原因ではなく、思想がバラバラな政党の寄り合い所帯であるのが原因であった。

8月17日のブログに加えなければならない点は、県知事選には保守系の人物を擁立しないと勝ち目がないということである。

 富川、謝花副知事では知事選に勝利することはできないことを県政左翼与党は認識していた。だから県政左翼与党としてはなんとしても呉屋金秀会長に出馬させたかった。しかし、呉屋会長は知事立候補を否定した。県政左翼与党にとって有効な知事選立候補者が居なくなったのである。
注 県政与党ではなく左翼県政与党と書いているのは、県政与党に会派おきなわがあるが会派おきなわは保守系であり、共産・社民・社大のような左翼政党ではないからである。
  知事候補を政党や労働団体が推薦して決めようと会合を開き、各団体が推薦する候補者を無記名で投票した。その結果呉屋金秀会長、謝花副知事、赤嶺昇県議(会派おきなわ)の三人に絞られた。
  謝花副知事は記者団から出馬への意欲について聞かれても、返答しなかった。赤嶺県議は「(候補者として)選ばれたら、ちゅうちょなく出る決意だ」と語り、出馬に意欲を示した。呉屋会長は「政治に出るよりは経済の面で翁長県政を継承する県政を支える」と出馬を否定した。
  ところが赤嶺議員には調整会議からの出馬意思の問い合わせがなかった。知事候補選びに会派おきなわはつまはじきにされたのである。
  知事候補の選択は会派おきなわを覗いた共産・社民・社大の政党で行ったのである、左翼政党はこんなことをやる政党である。
  共産・社民・社大が県知事候補者選択の主導権を握っているから左翼県政与党と書いている。

左翼県政与党は翁長知事に代わる立候補者を見つけることができないで窮地に立たされていた。窮地の中で考え出したのが翁長知事が二人を後継として口にした音声テープがあることだった。

8月18日に照屋大河調整会議長は「早急に推薦された人物の絞り込み作業を行うことを確認した。超短期決戦になるので、急ぎ県民に理解、評価を頂ける人物を選んでいきたい」と述べ22日までに翁長知事後継を選ぶことを発表した。

同じ8月18日に新里米吉県議会議長が翁長雄志知事が死去する直前に、自身の後継として、金秀グループの呉屋守将会長(69)と玉城デニー衆院議員(58)の2氏の名前を挙げていた音声テープが存在することを発表したのである。
 
知事選候補擁立に危機管を抱いた左翼県政与党の猿芝居である。こんな猿芝居をやらないと知事候補を擁立することができなかったのである。左翼政党内からの立候補者では当選確率はゼロであることを認識していた左翼与党政党は最後の手段として翁長知事の遺言とも言えるような音声テープがあると猿芝居を打って再び呉屋会長に出馬を申込んだ。そして、調整会議の立候補にも指名されていなかった玉城デニー氏にも翁長知事の指名を根拠に出馬を申し込んだ。 

デニー氏は衆議院議員であり、自由党の幹事長である。国会議員の地位を捨ててまで県知事選に出馬する気はなかっただろう。翁長知事の指名の声がなければ玉城デニー市は出馬を断っていたはずである。
呉屋氏は翁長知事の指名があったと聞いても知事選に出馬するのを断ったが、デニー氏は違った。尊敬する翁長知事に指名されたことに感動し、知事選出馬に前向きになった。
県政左翼政党の猿芝居は成功したのである。
音声テーブの怪
翁長知事の音声テープがあると発表したのは新里県会議長であった。音声テーブを聞いたのも新里議長一人であった。
音声テープの存在を新里議長に伝えたのは遺族と述べていたが、次に遺族関係者になった。
テープを聞いたのは新里議長一人であるはずなのに、テープには呉屋会長について述べた部分は録音されていないという人物が現れた。その人物はテープを録音した状況に詳しくテープの内容も知っていた。その人物は謎であり、テープを誰が録音したのかも謎である。
録音した時に遺族は居なかったことも判明した。遺族関係者とは誰か謎である。
なぞだらけのテープである。

そして、なんとテープを録音した病室に謝花副知事が居たことが謝花副知事の口から明らかになった。そうであれば謝花副知事がテープを録音した状況を全て知っているということだ。だったら、テープを公開しないという理由が成り立たない。むしろ公開するべきだ。謝花服知事の説明付きで。それでも公開しないということは音声テープが本当は存在しない以外には考えられない。
8月4日の怪
翁長知事が生前に残した音声テープの録音現場に、謝花喜一郎副知事が同席していたことが23日、分かった。謝花氏が記者団に明らかにした。音声は翁長知事が入院中の今月4日のものであるという。

謝花氏によると、知事との会話は約20分。名護市辺野古の埋め立て承認撤回など行政の話題が中心だったとする一方で「話の中で玉城デニー氏と呉屋守將会長の名前が出た。確定的に後継とは言わなかったが、期待しているんだなと感じた」との考えを示した。
       沖縄タイムス
20分という短い時間で承認撤回など行政の話をしたということは真剣な話し合いがなされたと考えるべきである。その時に承認撤回の権限を富川副知事から謝花副知事に移すことを翁長知事は命じたという。8月4日に翁長知事が命じたことを根拠に、翁長知事の死後、謝花副知事は承認撤回を決断する権利を富川副知事から移した。翁長知事の承認撤回についての話こそテープに録音して富川副知事に聞かせるべきである。
謝花副知事は翁長知事が承認撤回を謝花副知事がやるように言ったというが、その証人が謝花副知事本人である。私は08月21日のブログに「謝花氏への「撤回は君で頼む」は嘘だろう「を掲載した。

翁長知事と謝花副主席が面談した8月4日は富川副知事は南米に行っていて沖縄にはいなかった。もし、富川副知事が沖縄に居たら富川副知事が翁長知事と面談していたはずである。その時は翁長知事は富川副知事に「承認撤回は君で頼む」と言ったはずである。
翁長他事は副知事に頼んだのであって、謝花副知事だけに頼んだのではない。
富川副知事は学者であるが謝花副知事は県庁職員であった。謝花氏のほうが政治力はある、彼が政治権力を牛じようとしたのだろう。
富川副知事が翁長知事が急逝したにも関わらず五日間も南米に居たのは謝花副知事たち県庁職員側が富川副知事外しを図ったからだろう。
「撤回を謝花副知事に頼むと翁長知事が言ったというのは嘘である。

その謝花副知事が翁長知事が呉屋会長と玉城デニー氏を後継として指名した現場にいたというのである。それが事実なら副知事として新里議長と同席して話すべきであった。いや新里議長より謝花副知事のほうが積極的に話すべきである。
ところが謝花副知事は最後になって話した。それも「期待しているんだなと感じた」と後継者指名には程遠いニュアンスである。
謝花副知事の発言で、翁長知事が呉屋会長とデニー氏を指名したのは嘘であることに確信が持てた。翁長知事は二人について一切話さなかっただろう。もし話していたらそのことを強調して「遺言」に近いくらいの表現になっていたはずである。本当は言わなかったから表現が弱いのである。

新里議長が翁長知事がデニー氏に出馬してほしいというテープ音声があることを話したのは17日。テープ存在疑惑などがある中でデニー氏への期待は一気に高まり、調整会議では全員一致で玉城デニー氏に出馬依頼することを決めた。デニー氏に依頼したのは23日、その日にデニー氏は26日に正式出馬することを発表した。

調整会議は午後3時ごろ沖縄市の事務所で玉城議員に対し出馬要請した。
「本日玉城デニー氏に対して調整会議として沖縄県知事選挙への出馬を要請する」(調整会議照屋大河議長)
「このように出馬の要請を頂いたことは非常に光栄であり、しっかりと受け止めたい。翁長知事のそのあらゆる遺志を引き継いでいけるよう、自分自身の中でもしっかりと深く胸に収めて決定をしていきたい」(玉城デニー氏)
翁長知事が指名したという嘘の大芝居の勢いに飲み込まれた玉城デニー氏は騙された。というより情に流されて冷静に対応することを忘れてしまった。だから23日に翁長氏の後継候補として26日に記者会見して正式に出馬すると表明したのである。
少し冷静になったデニー氏は26日の出馬表明を来週に延期した。

 私が翁長知事の音声テープはないと書いた時、はっきりした証拠もないのに「ない」と断言するのはおかしいと思う人は多いかもしれない。
 私は左翼嫌いでもないし左翼思想を批判するのに懸命になっているのでもない。私が嫌いなのは左翼の思想ではなく彼らの嘘である。米軍基地撤去を主張するのもいいし辺野古移設反対を主張するのもいい。どんどんやればいい。しかし、辺野古の海や大浦湾を埋めるとか、魚やジュゴンが棲めなくなる、サンゴが死滅するという大嘘をつくのやめてほしい。辺野古移設に反対する市民を増やす目的で左翼は嘘を振りまいているのである。
 その嘘が許せない。嘘は暴いていくべきだ。

 左翼の嘘は県内だけでなく本土、そして世界に広がっている。左翼の嘘を根拠にした沖縄論がまん延しているのが現実だ。嘘の沖縄が彼らにとっては現実の沖縄なのである。

 マスコミ、評論では翁長知事が正しく、翁長知事の後継が県知事選で当選するのが当然であるという雰囲気に満ち溢れている。もし、県民がマスコミや評論などの内容を信じるのなら左翼県政与党が擁立する立候補なら誰でも知事選に勝利するだろう。
 しかし、事実は違う。左翼政党が当選できる候補者を擁立することは困難である。左系の候補者なら当選しない。だから、嘘の大芝居をうって知事選候補者の中にも入っていなかった玉城デニー氏を擁立するのに必死になったのである。
 翁長知事後継候補は楽勝ではなく逆に敗北するかもしれない窮地に陥っているのが現実である。
 そのことが9月30日の県知事選ではっきりするだろう。


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Posted by ヒジャイ at 23:09│Comments(0)沖縄知事
 
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